初めての「自作」
2003/04/21・28
初めてパソコンを組んだ話です。
1.修理しているうちに
2.パーツ購入
3.いざ組み立て
4.IDE機器の「移植」とトラブル
 
1.修理しているうちに

 1997年2月に自分としては2台目となるNEC製のWindowsパソコンを買い、インターネットを初めて驚いた事の一つに「自作パソコン」なるものがあった。家電量販店で20万円から40万円で売っているくらいの金額で売っているものを「自作」するとはいったいどういう事なのか、想像もつかなかった。
 その後、自作とは別に部品から創っていくわけではなく、「パソコンの部品を買ってきて組み立てる」という事は認識できた。しかし、純粋な文系であり、中学の時の技術が大の苦手だった自分としては、それでもやはり別世界のもの、という感じだった。
 その後、メモリを増設したり、ネットワークカードを購入するなどとパソコンのふたを開ける機会が生じたが、あくまでもマニュアル通りに行っただけ、という気持ちだった。そして1999年6月に3台目を、2000年12月に4台目を、ともにエプソンダイレクトで購入した。BTOで好きな構成・スペックで組めるし、自分にはこれで十分だと思っていた。

 ところが、21世紀に入ってちょっと状況が変わってきた。2001年の半ばに、筆者用として使っていた3台目のパソコンのビデオカードが故障したので交換した。さらにその年の暮れにはCD-ROMドライブが故障した。すでに修理保証期間が切れていたので、これまた交換せざるをえなくなった。
 必要に迫られての作業だったが、一度うまくいくと嬉しくなり、ハードディスク(以下HDD)を増設、さらにはCPU交換などをするようになった。
 ある程度中身を触りだすと、マザーボードの型番やBIOSのバージョンの具体的な中身などが気になってくるようになった。それを正確に把握するには、パーツを買って組むのが最善になってくる。
 そのような事もあり、1999年6月に買ったマシンを置き換える2003年の冬頃に、1台組んでみようと考えるようになった。それを前提に、知識や情報を集めだした。

 
2.パーツ購入

 そのような意思がありはしたが、具体的に新たにパソコンを導入する予定はなかった。ところが、新マシン導入までの間に合わせと考えて、ハードディスクを増設したところ、基本的なところでミスをしてしまい、マシンが再起不能になってしまった。
 マザーボードだけを交換する、という手段も考えられた。しかし、すでに年内に組む構想を立てていたこともあり、どうせなら予定を前倒しして組んだほうがいい、という結論に達した。
 そこで早速パーツ選びを行うことにした。嫁さんと秋葉原に行っていろいろなパーツ屋を巡る。店の雰囲気は大きく二つにわかれた。絶えず店員さんが大声を張り上げたり店内放送を流したりして賑やかなところと、比較的静かな店である。前者のほうが活気はあるのだろうが、どうも雰囲気が苦手なので、静かな店を軸にまわった。その中で特に店内の各商品が見やすい店を選び、そこで各パーツをいろいろ見て、だいたいのあたりをつけた。
 その日はそこまでに止めておき、何も買わずに帰宅した。そこで得たデータと、日経WinPCの最新号を買い、そこでの情報とつけあわせ、最終的な基本構成・予算を決めた。
 そして翌週、再度同じ店に行って、パーツ一式を購入した。FDD・光学式ドライブ・HDDをは流用することにした。3Dの素材をいじりたい、という嫁さんの要望にあわせてグラフィックボードをAOpenの16,000円のものに、メモリもノーブランドのものを1GB積んだため14,000円した。そしてAOpenの15,000円のマザーボード、Pen4の24,000円のCPU、恵安の16,000円のケースをそれぞれ選んだ結果、9万円を切る価格となった。同様のスペックでBTOを組み、そこからFDDなどの流用したパーツの値段を引いたら10万円くらいになったから、そこそこ安く買えたと言えるだろう。
 などと書くと、かなり慎重に選んだように見えるが、所詮ははじめての組み立て。マザーボードを選んだ基準は、値段・基本的な機能・日本語マニュアルの有無くらいだった。

 
3.いよいよ組み立て

 注文したパーツが、宅配便で届いた。店で伝票を書いたとき、扱いが乱暴な事で有名なS社だったのでちょっと心配だったが、幸い、開梱した時点では特に異常はなかった。
 まず、注文した品がすべてあるのを確認し、早速マザーボートの箱を開けて説明書を読む。マニュアルと簡単な組み立てガイドがそれぞれ日本語(原文を直訳した、という感じのものだったが)で分かりやすく書かれてあるので、非常に助かった。
 組み立ての際に参考にした本によると、「まずマザーボードにCPU・メモリ・グラフィックボードを接続して電源を入れ、BIOSが表示される事を確認して基本パーツの初期不良の有無を確認する」とある。
 そこでまず、CPUを取り付けた。1年ほど前にやった事もあるので、だいたいの検討はついたが、なまじ経験があったために雑な事をして失敗、という経験をごく最近やったばかりなので、マニュアルを見ながら慎重に行った。以下、メモリ・ビデオカードと取り付ける。そしてマウスとキーボードを挿してとりあえず「最小構成」を組んだ。
 早速動作確認をしようとさらに電源装置のケーブルをマザーボードにつなげた。しかし、どうやって電源を入れるかわからない。
 本をよく見たら、「マザーボードのどこかの電源スイッチ(?)をショートさせると電源が入る」と書いてあった。しかし、どこか分からないし、万が一の事を考えると、こわくてできない。結局、マザーボードをケースに組み込んでからテストすることにした。
 最初に悩んだのはケース背面からUSBなどのコネクターを覆う「バックパネル」の扱いだった。ケース付属のバックパネルをマザーボードに付属していたバックパネルと交換するのだが、元のバックパネルがどうやってケースについているか分からない。
 マニュアルにも何も書いていない。ネジらしきものはないので、はめ込んでいるのだろう。そこで、半ば力任せに外した。さらにマザーボード付属のものをつけるのだが、これまた方法が書いていない。初歩的すぎて書くまでもない事と思われているのだろう。
 一瞬、「そのレベルの事も分からずに自作に手を出すなんてやはり無謀だったか」という思いが頭をよぎったが、もう引き返す事はできない。「所詮はコネクタの周囲を覆う金属。隙間さえできなければいいに決まっている」と開き直り、ケースとマザーボードの間にバックパネルを押し付けて、マザーボードをネジ仮止めした。どうやらこれで固定されたような感じだったので、引き続き、マザーボードをネジ止めした。
 マザーボードがついたので、次は各コードとの接続である。電源やLED関係は比較的順調にできた。しかし、ケース前面のUSB・サウンドにつなげるコネクタの接続には偉く苦労した。ケースの陰になるところにマザーボードのコネクタがあるので表示が読みづらい。加えて小さい端子に一つ一つ対応するケーブルをはめなければいけない。手先の不器用な筆者には非常に時間と神経を使わされる作業だった。
 このように、細かいところで苦労しながら、なんとか「最小限の構成」を完成させた。早速キーボードとマウスをつけて電源を入れる。するといきなりマシンから「キーボードエラー」という声が聞こえた。しゃべってくれるとは便利なBIOSだな、と感心しながらキーボードのPS/2コネクタを見ると、ピンが一本折れている。これは直りようがない。幸い、嫁さん用のキーボードがもう一つあるので、そちらを挿した。すると無事、BIOSの画面が立ち上がった。色々苦労したが、何とか第一関門を突破できたようだ。  

 
4.IDE機器の「移植」とトラブル

 ここまでは新規購入の部品を組み合わせただけだから、比較的気楽にできた。しかし、ここから先のIDE機器(HDD・FDD・光学式ドライブ)取り付けは、すでにあるマシンのものを流用するため、これまでより気を使う。特に前回のトラブルの原因となったHDDに関しては要注意だ。
 まず、これまで使用していてマザーボードが壊れたマシン(以下「故障機」と表記)からFDDとCD-ROMとHDDを取り外す。このうち、FDDは現在組んでいるマシン(以下「新機」と表記)で使う。CD-ROMとHDDは、これまで嫁さん用として使い、今後は筆者用となるマシン(以下「旧機」と表記)に換装する。
 というわけで、まず「新機」にFDDと、先日購入したHDDを取り付ける。それからいよいよ「玉突き移植」の開始である。
 「旧機」からCD-RW/DVD-ROMのコンボドライブと、スレーブで接続しているHDDを取り外す。そしてコンボドライブのみを「新機」に取り付ける。これで「新機」に必要最小限のIDE機器が揃った。とりあえずHDDは新規購入の一台だけにした。同時に、「故障機」のCD-ROMを「旧機」に取り付けた。
 「旧機」のほうは問題なく動いたが、「新機」のほうには問題が生じた。今回購入したマザーボードのHDD用のコネクタは、ATA100以下・ATA133・シリアルATAのいずれにも対応しており、それぞれコネクタとケーブルが異なる。取り付けるHDDはATA100なのだが、これは通常のIDEのコネクタに接続する。しかし、マザーボードに付属している通常のIDEケーブルは一本しかないのだ。
 とりあえず「故障機」のIDEケーブルがあるので、それでコンボドライブを接続する。以下、付属のIDEケーブルでHDDを、FDD用ケーブルでFDDを接続する。これで動けば、とりあえずパーツ組み立ては完了する。
 期待をこめて電源を入れる。しかし無常にもBIOSは「ハードディスクエラー」と言うのみである。しかもFDDもコンボドライブも認識されない。要はどれもちゃんと接続されていないのである。
 とりあえず本に書いてある「よくありがちなトラブル集」を読んでみる。するとFDDのトラブルとして「ランプがつきっぱなしの場合は、コネクタを逆向きに挿している」というのがあった。思い切りその症状が出ているので、早速コネクタをつけかえる。
 FDDの問題はこれで解決したが、HDDとコンボドライブは相変わらず認識してくれなかった。とりあえず流用したケーブルが原因になっていると考えた。そこで一度IDEケーブルを買うことにし、この日の作業はここで終了した。

 二日後、IDEケーブルとキーボードを購入し。作業を再開した。あと、HDDだが、調べているうちに初歩的なミスに気づいた。基本的には「新機」には新たに購入したHDDと「旧機」で増設してスレーブで使っているHDDの二台を使うつもりでいた。そこで、新規購入のHDDのジャンパピンを「マスター」にしていたのだが、現時点では一台しかつないでいな。したがってジャンパピンは「シングル」にしなければいけないのだ。新規購入のHDDの「シングル」設定は「ジャンパピンを挿さない」なので、ピンがなくなると嫌なので「マスターでも同じだろう」と安易に考えたのがよくなかった。そこで、ピンがなくならないように仕舞う場所に十分気をつけ、一度ジャンパピンを抜いた。
 こうして、コンボドライブをつなぐIDEケーブルを代え、ジャンパピンの設定をなおして電源を入れた。するとFDD・コンボドライブ・HDDともちゃんと認識してくれた。
 以下、OSをインストールし、無事インターネットに接続することを確認した。そこで再度フタを開け、マスターのHDDジャンパピンの設定を戻した上で、スレーブのHDDを接続する。再度起動してエクスプローラーで確認すると、ちゃんと移植したHDD内のデータも問題なく表示された。
 同様に、「旧機」のほうのスレーブに「故障機」で使っていたHDDを接続する。こちらも無事認識できた。これでついに一連の作業が完了した。

 まだまだコンボドライブの動きがちょっと変などの問題点もあるが、自作にありがちの「機内の高温化」も今のところは出ておらず、快適に動いているようだ。苦労しただけに喜びもひとしお、という感じである。

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