ニャン孫のこと

2019/1/4

ニャン孫との出会い

 ニャン孫に初めて出会ったのは、2014年12月だった。
 以前から、近所にネコの姿をよく見る店があった。そこのベランダにネコの母子がいたのを見たのだ。
 子猫のほうは、生まれて数ヶ月といった感じだ。
 その2年半前の2012年5月に、同じ場所で、生まれたばかりの子猫を口に加えて運ぶ母猫を見たことがあった。
 ネコは二歳になれば子どもを産めるようになるらしい。ならば、この子猫は、あの時の赤ちゃんネコの子なのだろうか、と思った。
 そしてあの時の「ニャン子」の子どもだから、孫にあたる、という事で、相方が「ニャン孫」と名付けた。

 しかしながら、後にこの地域のネコ事情に詳しい人に教わったところ、ニャン孫は2年半前に見た母猫の息子だという事が判明した。
 つまり、そのときに見た赤ちゃんネコの弟にあたるわけである。
 したがって、命名の根拠は間違いだったわけだ。ただ、その時点でずっと「ニャン孫」と呼んでいたし、ネコの孫である事は間違いない。
 というわけで、我が家ではその後もずっと「ニャン孫」と呼び続けた。
 なお、ニャン孫の面倒を見ていたお店の人は、「ハナ」と名付けていた。その名前で医者に連れて行って去勢手術などをしていたわけだから、それが彼の「本名」という事になる。
 他にも、「サクラちゃん」と呼んでいる人もいた。我々同様、色々な人が勝手に名前をつけて呼んでいたのだろう。

ニャン孫と仲良くなる

 最初の頃は、初めて見る人間相手なので、当然ながら警戒している感じだった。
 ただ、一方で、数メートルしか我々と離れていないにもかかわらず、腹を見せて地面を転がるなど、人間を怖がらない一面もあった。
 初めて写真を撮れたのは、出会って一週間ほどだった。近所の人が煮干しを母子にプレゼントし、それを食べた直後に撮った。
子猫の頃のニャン孫と母子猫の頃のニャンポーズ
 その後も暫くの間は、近づいたり、スマホやデジカメを向けると警戒していたが、だんだんと距離感が縮まってくるように感じた。
 そして、2015年に入り、出会ってほぼ一ヶ月後のある日、ニャン孫は自分を見たら「ニャー」と声をかけてきた。
 さらに数週間後、我々を見かけたニャン孫は、「ニャー」と言って近づき、相方になでられた。
 ニャン孫が我々を友達だと認識してくれたと思い、大変嬉しく思ったものだった。 子猫の頃のニャン孫
 小さい頃のニャン孫は、母親にべったりでいつもくっついて甘えていた。
 しかし、数ヶ月したある日、甘えようとしたニャン孫を、母親が「シャー!」と言って払いのけている場面にでくわした。
 いつまでも親に甘えるようでは、野生の世界を生き残れない、という教育なのだろう。
 そうやって親離れしていったニャン孫は、もはや子猫とは言えないくらい成長していた。
子猫でなくなった頃のニャン孫
(クリックすると同じ窓で大きな画像が開きます。以下の写真も同様です)
 そして、親離れの反動もあって、我々との仲も親密になってきた。この頃のニャン孫は、我々が近づくと、よく「頭つき」をした。ちょっと不思議に思っていたのだが、後に読んだ本で、それは「大好きのサイン」だと知る事ができ、嬉しく思ったものだった。

ニャン孫、兄になる

 ニャン孫と出会って9ヶ月くらい経った夏に、母親が新たな子を産み、ニャン孫は兄になった。
 ある日、ニャン孫がいつもいる場所にいると、すぐ近くのゴミ箱の下から「ニャー」という声が聞こえてきた。そして、ニャン孫は心配そうにゴミ箱の下をのぞいていた。
 しばらく前に、母親が子猫と一緒にいるのを見たので、弟もしくは妹ができた事は知っていた。そして、早速、兄として心配する姿に感心させられたものだった。
 ただ、母親は、人間になつくニャン孫を見て、「教育の失敗」を感じていたようだった。そのせいか、子猫には徹底して人間を避ける教育をしていた。一度、母親と一緒にいたとき、子猫が自分に興味を持つそぶりを見た。すると、即座にその顔をひっぱたいたのだった。
 その「スパルタ教育」もあって、人間を見るとすぐに逃げるようになった。一方で、兄のニャン孫にはたいへん懐き、慕っていた。
 そして、ニャン孫も、闘い方の手ほどきをするなど、兄らしさを見せていた。
ニャン孫きょうだい その1
 ただ、兄のことを慕ってはいたが、母の強烈な躾けもあり、兄のように人間に近づくことは絶対になかった。
 そんなある日、きょうだいでいるところに筆者が近づいた。ニャン孫は喜んで自分と遊んだが、子猫は逃げた。
 すると、遊び終わったニャン孫は、子猫に対して、どつくような仕草を見せた。いつぞやの母のように、実際にひっぱたいたわけではないが、珍しく見せた攻撃的な態度だった。「人間を見たからといってすぐ逃げるのは良くないぞ」と諭しているような感じに見えた。
 それに対し、子猫は「なんだい、ニャン孫兄さんなんて!」という感じで横を向き、ちょっと逃げた。
 そして、二人して気まずそうに毛づくろいを初めた。ただ、1分もしないうちに、子猫はニャン孫のもとに戻り、再び仲良く並んでいた。
ニャン孫きょうだい その2ニャン孫きょうだい その3
ニャン孫きょうだい その4
ニャン孫きょうだい その5
 かつて、実家にネコの姉妹がおり、とても仲が良かった。それとはまた違う仲の良さがこのニャン孫きょうだいにあった。
 この時期、筆者は、一学年下で、当時一緒に仕事もしていた弟が急死する、という大変辛い出来事があった。
 それだけに、この頃、ニャン孫およびその、きょうだいの仲良しぶりには癒やされたものだった。
 ただ、しばらくすると、子猫は貰われていき、姿を見なくなった。ニャン孫も寂しく思ったのだろうな、などと気にしたものだった。

賢いニャン孫

 写真でお見せした通り、ニャン孫は非常に容姿端麗である。ただ、多くの人に好かれた理由には、その外見だけでなく、頭の良さもあったと思っている。
 ある時期から、ニャン孫は、我々を見ると、一緒について歩くようになった。我々はそれを「ニャン散歩」と呼んで喜んでいたが、ちょっと不安になることもあった。
 コンビニに買い物にいくときなどもニャン孫はついてくる。コンビニに行くには、片側二車線の道路を渡らねばならない。
 当初、ニャン孫は一緒に横断歩道を渡って、コンビニの入り口までついてきた。そして、ある日などは、自分が店から出ると、そのまま大通りをつっきろうとしたのだ。
 するとそこに車が来た。幸い、いい運転手さんだったので、ちゃんと停車し、さらにクラクションを鳴らしてニャン孫に警告してくれた。
 何事もなかったが、もしスピード違反する車だったら…と肝を冷やしたものだった。
 それからしばらくして、またコンビニに行く途中にニャン孫にあった。ところが今度は、一緒に横断歩道を渡ろうとしない。ある場所につくと、そこで止まったのだ。
 そして、筆者が買い物を終えると、その場所で「ニャー」と鳴いて、それからまた筆者と「ニャン散歩」をした。つまり、「あそこから先に行ってはいけない」と学習したのだった。

 また、ニャン孫の認識力もかなりのものだった。
 下の写真は昼寝をしているところに筆者が通りかかった時のものだ。人の気配を感じるとすぐに目をさます。ところが、来たのが筆者だとわかると、「ああ、友達か」という感じで、またすぐに眠りだすのだ。
目覚めるニャン孫寝直すニャン孫
 一方、危険をおよぼす自動車やバイクの音、さらには知らない人間には強い警戒心を示していた。
 特に、何人かの子どもが会話しながら歩いている気配を感じると、即座に隠れた。残念ながら、子どもの中には、ネコをいじめる行動をとる人も少なくない。そのあたりが分かっているので、警戒していたのだろう。
 また、ニャン孫が普段あまりいない場所にいる事があった。その時に我々が近づき、いつもの所にいないのを見て「あれ、ニャン孫がいないぞ」とキョロキョロした事があった。
 すると、ニャン孫は「ニャー、ニャー、ニャー」と鳴くのだった。翻訳すれば「何やってるんだい。自分はここにいるよ」となるのだろう。
 本当に賢いネコだな、と思ったものだった。
 また、ニャン孫は非常に好奇心が強い。何か知らないものを見ると、それに顔を近づけ、「調査」を開始する。その姿をよく見たものだった。

ニャン孫、我が家を覚える

 先述したように、買い物に行く際に、ニャン孫は途中までついてくるようになった。また、帰宅する際も、我々の住むアパートの一階までついてきていた。
 しかしながら、アパートの階段を上がって、二階にある我が家まで来ることはなかった。
 ところが、2016年に入ったある日、相方に同行して、二階の我が家の玄関までニャン孫がやってきた。
 さらにしばらくすると、外に出ようとして扉を開けると、その前でニャン孫が待っている、という事もあった。
 我が家だけでなく、仲のいい人の家を何軒か覚えたようだった。
 下の写真は、夜に我が家を訪れ、ドアストッパーで遊ぶニャン孫である。我が家ではこのドアストッパーを使った事はそれまで一度もなかった。その初めての「活用」がニャン孫のおもちゃだったわけである。
ドアストッパーで遊ぶニャン孫
 我が家のドアが空いていると、中に興味を持ったようだった。
 相方は、ネコを家に入れるのを好まないので入れなかった。しかし、その相方が長期帰省などで不在の際は、我が家に「招待」したこともあった。
 もの珍しそうに我が家を歩いていて、いつもの「調査」をしていたが、自分の寝床になりそうもない、と判断したのか、すぐに去っていったものだった。

 そして、我が家の場所を覚えると、筆者をからかうような行動を取ることがあった。
 途中まで一緒に帰るのだが、なかなか筆者の住むアパートの敷地に入ろうとしない。
 そこで、筆者が、「じゃあニャン孫、先に帰るよ」と言って、先にアパートに行くと、ダッシュで追いかけてくるのだ。
 さらに、アパートまで来ても、1階でゴロゴロと転がったりしています。それを見て、「今日はうちまで来ないんだね。バイバイ」と言って帰宅する。そして、帰宅後、しばらくして扉を開けると、そこにはニャン孫がチョコンと座っているのだ。
 「君が住んでいるところは分かっているから、急いで行く必要はないんだよ。で、早くおやつちょうだい」と笑っているようにも感じ、それもまた、嬉しく思ったものだった。

ニャン孫、飼い猫になるも、すぐに戻る

 2016年の夏頃、ニャン孫と会う機会が減った。
 ある日、道を歩いていたら、隣のマンションから、二人の人と一緒にニャン孫が出てくるところに遭遇した。
 「ニャン孫!」と声をかけると、一瞬ふり向いたが、すぐに振り返って、その二人と一緒に歩き続けた。
 数日後、そのマンションのベランダに、ニャン孫が佇んでいるのを見た。どうやら、その家の「飼い猫」になったようだった。
 下の写真は、そのマンションに住んでいた頃のニャン孫だ。庭の樹で爪を研いでいるとこを撮った。
一時的に住んでいたマンションの庭で爪をとぐニャン孫
 しかし、しばらくすると、夜にニャン孫と会うようになった。さらに、朝に、そのベランダにいるニャン孫に「ニャン孫、おはよう」と声をかけると、走って近寄ってくるようになった。
 ある冬の日の帰宅途中、ベランダにいるニャン孫に声をかけたら、反応がなかった事があった。しかし、そのまま歩いてアパートに戻ったら、足元にニャン孫がいた、ということもあった。
 やはり、野外で生まれ育ち、かつそこにたくさんの友達を持つニャン孫にとって、いまさら「家猫」になれ、というのは無理な話だったようだ。
 結局、半年くらいで、「飼い猫」をやめ、以前のように、お店を本拠地とし、我が家を含めた近隣を縄張りにする、という生活に戻ってしまっていた。
 おかげで、ニャン孫と遊ぶ機会は再び増えた。当時は、それが普通に嬉しかった。
 ただ、今になっては、もしあの時、ニャン孫があのマンションの「飼い猫」になって、夜だけ外に出る、という生活を選択していれば、もっと末永く、ニャン孫とこの地で遊び続けていられたのかも、とも思っている。

ニャン孫ファンの人々

 ニャン孫には、世話をしてくれたお店の人々や、一時的に「飼い主」になったマンションの人々をはじめ、様々なファンがいた。
 帰宅途中に、ニャン孫の本拠地の前を歩くと、「先客」がニャン孫を熱心になでており、自分は遠慮した、という事もあった。
 特に熱心なファンは、「ニャンおじさん」と相方が呼んでいた、高齢の男性だった。
 ニャン孫を見ると、パンや煮干しを投与え、喜ばれていた。ニャン孫は、その人の自動車や駐車場まで覚えており、駐車場に車が入るだけで嬉しそうに近寄ってきたほどだった。
 また、母娘でニャン孫ファンをやっていた人もいた。ニャン孫に美味しいごはんをプレゼントしていた。ニャン孫も、彼女たちを見ると、嬉しそうに近寄り、親愛の頭突きをしていた。
 ファンに対しては、以心伝心という感じの態度を取ることがあった。たとえば、我々が近づくと、顔を横に向ける。これは「首をもみたまえ」という意思表示である。そして、ご命令どおりに首をもむと、気持ちよさそうに目を閉じて堪能していた。
首をもませるニャン孫
 他にも、色々なファンがいた。ある日、道端でニャン孫をなでていると、「このネコ可愛いですね。頭の毛の色が、人間の髪の毛みたいですよね」と声をかけられた事もあった。人それぞれの「萌えポイント」があるのだな、と思ったものだった。
 またある日曜日にニャン孫と遊んでいると、小学生の方に「飼っているんですか?」と話しかけられた事もあった。先述したように、ニャン孫は子どもを見ると、リスクを計算して退避する。それを知っているだけに、「人間に懐くニャン孫」という珍しいものをみて驚き、思わず声をかけたのだろう。
 その質問に対しては、「いえ、友達なんですよ」と返事をした。これはまごうことなき本音であり、事実であった。
 ちなみに、ひょんな事から、アパートの隣室に住む人もニャン孫ファン仲間である事を知った。そしてニャン孫は、お腹がすくと、我が家とお隣の間にチョコンと座り、おやつをくれる人の「二択」をかけたりもしていた。

ニャン孫のキャラクターグッズが登場

 2017年の春、筆者は千葉市長選挙の候補者になった。支援団体の一つが、「好きなものをデザインして応援用の缶バッジを作る」と言ってくださった。
 もちろん、迷わずにニャン孫の缶バッジをお願いし、写真を送った。
 その結果、作っていただいたのは、以下の缶バッジであった。
ニャン孫缶バッジ缶バッジと似たポーズを取るニャン孫
 かなり特徴をとらえたイラストだと思っている。そして、この缶バッジを使って、筆者を応援してくれた人がいたのは大変うれしいことだった。
 そして、選挙中もニャン孫とはよく遊んだものだった。彼をなでて、鳴き声を聞くと、精神的な疲れが大幅に楽になったものだった。
 残念ながら当選できなかったが、予想以上の得票を得ることができた。そして、選挙中、筆者の陣営が最大の争点とした「千葉市公立小中学校普通教室エアコン設置」が大幅に進むなど、いくつかの公約を実現・前進させることができた。
 その何%かは、ニャン孫のおかげもあったのでは、と思って感謝している。
 結果が出た翌朝、駅前で挨拶しようとでかけたら、いつもの場所にニャン孫がいて「ニャー」と声をかけてくれた。そして、戻るときに同じ場所にいて、首をもんだら「ミー」と喜んでくれた。

ニャン孫の見送りや出迎え

 ニャン孫の面倒を見ていたのは、本拠地で営業しているお店だった。
 ニャン孫と遊んでいると、お客さんが店に入ったり出たりする。そのほとんどの方が、ニャン孫に声をかけたり、なでたりしていた。
 ある日、その店の前でニャン孫と遊んでいると、お客さんが出てきた。そして、近くに駐めてあった自動車に向かった。
 すると、ニャン孫は我々との遊びを中断し、自動車のほうに向かった。そして、お客さんを向いて座っている。お客さんが「バイバイ」と声をかけ、乗った車が動き出すまで、微動だにせず見送っていた。
 自分もこの店のスタッフである、という自覚があったのだろう。

 また、自分はニャン孫をなでながら、「ニャン孫のうた」を歌っていた。「ニャン孫、ニャン孫、ネコの孫、かわいい、かわいい、ネコの孫」という歌詞(?)なのだが、「ニャン孫」と歌うと、「ニャー」と合いの手を入れてくれた事もあった。

 自分が仕事から帰った時、自転車置き場に駐めると、そこにニャン孫がいた、という事もあった。
 偶然とは言え、出迎えてもらったようで嬉しかった。
 もっとも、我が家に来たとき、ニャン孫はかなりドライな行動を取ることもあった。
 家の前にきて、おやつを食べるのだが、食べ終わると、スタスタと去っていき、階段を駆け下りるのだ。「もう用はないからね」という感じだった。
 おそらく、「遊びたい」と「おやつが食べたい」は彼にとって別々の欲求だったのだろう。
 そんなニャン孫もまた可愛いものだった。
 欲求と言えば、暑い時に手を出すと、それを力いっぱいなめていた。手から水分や塩分を補給していたのだろう。舌がザラついていて、ちょっと痛くもあったが、ニャン孫の健康維持に役立てたと思えば、さほどきにならなかった。
手をなめるニャン孫

ニャン孫との別れ

 このようにして、3年半以上、ニャン孫と楽しく過ごしていた。そして、これはあと10年くらい続くと思っていた。
 そんなある日、相方が外出から帰ってくると、家の前にニャン孫がいた。
 これ自体はこれまで何度もあったことだ。いつもどおり、遊んだあとに、おやつをあげた。
 そして、これまたいつもどおり、ニャン孫はおやつを食べるとスタスタと帰っていった。
 そのニャン孫と一緒に歩き、階段を降りるところまで見送る、といういつも通りの対応をした。
 ところが、そこで意外な事がおきた。
 ニャン孫は階段を降りず、我が家の前まで戻ってきたのだった。
 足りなかったのかな、と思い、おやつを追加で出したが、それには見向きもしない。そしてまたスタスタと去り、今度は階段を降りていった。
 それが、ニャン孫にあった最後となった。

 それからしばらくして、ニャン孫の本拠地だった店は、ほとんど営業しなくなった。また、かつてニャン孫が佇んでいたり寝ていたところには、植木鉢などが置かれるようになった。
 真相はわからないが、店が営業縮小することになり、経営者の自宅にニャン孫を引き取ったのだろう、と思うことにした。
 いつか別れる日は来ると思ってはいた。ただ、こんな唐突だとは思わなかった。
 今にして思えば。、最後に会ったとき、一度我が家の前に引き返したのは「君の家で暮らすという選択肢もあるよ。そうじゃなきゃお別れだね」という挨拶だったのかも、と思っている。
 下の写真は、別れる前の日に撮った写真だ。いつものように気持ちよく昼寝をしていた。
 なお、この場所は、ニャン孫のために、布団が敷かれており、風よけの段ボールも設置されていたが、ニャン孫がいなくなったら、それらも撤去されていた。
別れる前日に撮ったニャン孫
 会えなくなったのは本当に寂しい。ただ、この3年半以上の間、特に自分にとって人生で一番つらかった時期に友達でいてくれた事は、本当に感謝している。
 どこに行ったかわからないが、楽しく幸せに過ごせている事を、心から願っている。
 同時に、たまにはフラッと戻ってこないかな、と思い、別れてから3ヶ月以上経った今も、ニャン孫のいた場所を通りかかると、ついついニャン孫を探してしまう。

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