「蒲蒲線」雑感
2026/1/27
大田区の蒲田は、JR・東急と京浜急行の駅が離れている。
距離にして800メートル、普通に歩いて10分ちょっとと、遠くもなければ近くもない、という微妙な距離だ。
本来なら、この二駅を結ぶ鉄道の建設計画など存在し得なかっただろう。
ところが、京浜急行が空港線を延伸し、羽田空港ターミナルに乗り入れるようになって「蒲蒲線」なる構想が出てくるようになった。
東急東横線・目黒線の多摩川駅と蒲田駅を結ぶ東急多摩川線を延伸して京急蒲田駅まで地下線を建設し、羽田空港へのアクセスを便利にする、という構想である。
そしてついに、2025年末には建設に向けて予算がついたという報道があった。
筆者の仕事の拠点が蒲田と羽田空港にあり、この二箇所を行き来する経験が多々ある。
その経験も活かして、この「蒲蒲線」の必要性について考えてみたい。
実際に筆者が蒲田と羽田空港の拠点を行き来するときに一番よく使うのは、空港シャトルバスである。
300円とちょっと高いが、蒲田駅を出たあと、京急大鳥居駅前のみに停車し、羽田空港第3→2→1の順でターミナルに停車していく。
駅前からターミナルまで直結なので大変便利だ。
ただ、運行間隔が30分なので、発車直後に蒲田駅バス停に着いた場合は、10分ちょっと歩いて京急蒲田駅に行き、280円の京急電車で行ったほうが早い。
あと、筆者の拠点があるのは空港第2ターミナルだ。
蒲田から行くぶんには良いのだが、羽田空港から行くと、第2→1→3ターミナルと経由する。
しかも、理由はわからないが、第3ターミナルで同じところを二周する。
それもあって、羽田から蒲田に行くときは、真夏を除けば、京急を使うようにしている。
もちろん、旅行で大きな荷物を持っている人ならば、少々時間がかかっても、バスのほうが使い勝手がいい。
仮に、「蒲蒲線」が今あったとして、筆者はそれを使うだろうか。
その場合、まず蒲田駅から地下に入り、「蒲蒲線」の蒲田駅までエスカレーターなどで行く必要がある。
その新駅から「蒲蒲線」に2〜3分乗って京急蒲田駅で降りる。
今度はエスカレーターなどで地上に出る。といっても、そこには京急蒲田駅のホームはない。
京急蒲田駅は改札が地上2階で、品川方面が3階、横浜方面が4階という構造になっている。
ちなみに、羽田空港行きは、品川方面初の電車は4階から、横浜方面初の電車は3階から発車する。
さすがに「蒲蒲線」ができれば、地下の改札口から2階の改札口まで直行するエスカレーターやエレベーターは作られるだろう。
とはいえ、地下2階から地上3〜4階まで昇り降りしなければならないのだ。
そんな手間かけて乗り換えをするよりは、少々時間がかかっても、バスのほうが楽だ。
大きな荷物をかかえた旅行者にとっては、よりそうなるだろう。
というわけで、蒲田駅周辺から羽田空港に行くにあたり、「蒲蒲線」は不要であると言わざるを得ない。
ただ、「蒲蒲線」の目的は、蒲田駅と羽田空港を結ぶことではない。
多摩川駅を介して、東急線、さらには地下鉄を介せすることにより、東武東上線・西武池袋線などから、京急蒲田まで直行する電車を走らせる、というところにある。
それらの沿線に住んだことはないのでよくわからない。
ただ、既に所沢・川越・坂戸・和光などといった沿線主要駅からは羽田空港行きのリムジンバス路線が運行している。
また、両線のターミナルである池袋からもリムジンバスはある。
鉄道が空港まで直行するならともかく、あくまでも京急蒲田乗り換えだ。
リムジンバスで行くのと、乗り換えの回数は変わらない。
ちなみに、我が地元の幕張本郷からでも、京成で津田沼まで出て、そこから羽田空港行きの直通に乗れば、乗り換え1回で空港まで行ける。
しかし、その経路を使ったことは一度もない。
津田沼か海浜幕張まで出てリムジンバスを使ったほうが、早くて乗り心地もいいからだ。
もちろん、これについては、湾岸道路を経由したほうが、鉄道を利用するより極めて短距離で羽田に行ける、という千葉独特の事情もある。
しかし、埼玉の人にとっても事情は似たようなものではないだろうか、と思っている。
なお、大田区のサイトによると、この京急蒲田までの路線は「第1期」とのことだ。
さらに「第2期」として、京急空港線の地下駅である大鳥居駅まで延伸し、そこから直通運転を行うとなっている。
そうなれば、これまでに指摘した不備は大幅に解消される。
ただし、京急蒲田までの「第1期」の完成予定は「令和20年代前半」とのことだ。西暦になおせば、2038年から2043年の間となる。
それから大鳥居駅まで延伸し、さらに東急と京急の線路幅の違いも解消して直通運転を行うとなると、もう15年くらいかかりそうだ。
もちろん、この線路幅が異なる鉄道での直通運転の具体策など決まっていない。
まあ、大鳥居駅まで開業したとしても、同一ホーム乗り換えが関の山ではないだろうか。
仮にその方式でも、実現するのはどんなに早くても2050年代だろう。「令和」が終わっているかもしれない年代だ。
さすがにその頃、今の蒲田と羽田を行き来する仕事を筆者がしていることはない。
それどころか、この世にいない可能性すら十分にある。
というわけで、自分には関係のない話ではあるが、蒲田と羽田を行き来している身として、建設に入る前に、本当に必要なのかはもっと熟考したほうがいいのでは、と思っている。