差別の祭典

 五輪の開会式で、かつて雑誌で人権侵害を自慢していた事が判明した「音楽家」と、かつてホロコーストを笑いのネタにしていた「音楽家」が相次いで外されました。
 そして、いざ本番で流された音楽を作ったのは、性的マイノリティの方々への差別に賛同し、安倍前首相を熱烈的に支持している「音楽家」でした。
 このオチを見ると、別に五輪は人権侵害や民族差別が許せなかったわけではないと言わざるをえません。
 むしろ、この、本番で採用された差別音楽家に箔をつけるために、最初の二人を切ったのでは、とまで思えてきます。
 いずれにせよ、徹頭徹尾差別主義者を集めた、という意味で、別の意味で凄いと感じさせられました。
 これまで、五輪には興味がなく「勝手にやってくれ」という立ち位置でしたが、これを機に、「五輪のような差別主義者をもてはやすイベントは一刻も早く廃止すべき」という考えに変わりました。
 そういう点では、この東京五輪はちょっとした転換点になったかもしれません。