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2019年05月23日

物持ち

 高校生だったとき、「DCブランド」なる言葉が流行していました。
 柄にもなく、「おしゃれ」に興味を持っていた事もあり、初めてもらったバイト代から奮発して、渋谷あたりのデパートに行って「DCブランド」のカーディガンを買いました。
 もっとも、買ったはいいけれど、「着こなし」などできるわけがありません。当時としては大枚はたいたわけですが、ほとんど着ることがありませんでした。
 それから34年経ちました。その間、体型がほとんど変わらなかったおかげで、そのDCブランドのカーディガンは、ちょっと肌寒い日に羽織る服として現役で活躍しています。
 せっかく50まで着れたので、ぜひとも還暦までは使い続けたいものだと思っています。

掲載時刻 22:26

2019年05月22日

半世紀生きる

 50回目の誕生日を迎えることができました。
 長年、お世話になった人たちには本当に感謝です。
 今日も、家族に祝ってもらいました。ありがとうございました。
 もう半世紀?という感じですが、確かに、自分が生まれてから今まで、世の中は大きく変わりました。
 ただ、率直に言って、この半世紀で世の中はこれだけ良くなった、とは言い難いものがあります。
 あと何年生きられるかわかりませんが、できれば、50年後に、「この半世紀、それまでと違って、世の中は良くなった」と多くの人が実感できるようになればいいな、と思っています。

掲載時刻 22:59

2019年05月21日

雨天の通院

 今日は朝から激しい雨が降っていました。
 あいにく、朝に病院の予約を入れていました。
 公共交通機関の便が悪いので、普段は自転車で通っています。
 しかしながら、この天気ではカッパを着て行くしかありません。
 その準備をしようとしたのですが、ふと「雨に濡れたカッパを病院のどこに置いておけばいいのだろうか?」という疑問が頭をよぎりました。
 病院の自転車置場は屋外なので、自転車のかごに入れておくわけにはいきません。
 そうやって悩んだ末、自転車をやめて歩いて行くことにしました。
 数年前に改定された道交法で、傘をさしての自転車運転は禁止されました。しかし、相変わらず、「傘さし運転」をする人の姿はよく見ます。
 今までずっと不思議に思いながら見ていたのですが、その理由が「カッパだと、行った先に置き場がない」なのだろうか、と思い至りました。
 多くの人が安心して安全に自転車で移動するためにも、病院・店・公的機関に「雨天時のカッパ置き場」を確保し、その存在を広報してほしいものだと思ったりしました。

掲載時刻 21:23

2019年05月20日

GAFAとBATH

 読んでいる雑誌が、多国籍企業特集を組んでいました。
 こういうご時世だなだけあって、ネットの基礎部分で巨大な力を持つ、「プラットフォーマー」と呼ばれる企業に関する記事が多々ありました。
 アメリカ発であるGAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)については、以前からよく知っていました。しかしながら、それと対抗して成長してきた、中国のプラットフォーマーであるBATH(バイドゥ・アリババ・テンセント・ファーウェイ)が、ここまで大きくなっていたとは知らず、驚きました。
 特に、テンセントというゲーム会社については、世界でもトップクラスの資産を持っているとのことです。
 ゲームとはすっかり縁遠くなっていたので、すっかり疎くなっていました。それだけに余計驚きました。
 やはり、経済に関する知識も定期的にアップデートしないと取り残されるな、と思いました。同時に、これだけの超巨大企業が育つ中で、アメリカでも中国でも貧困問題が深刻である、という現実にも考えさせられました。

掲載時刻 22:24

2019年05月19日

自分の立ち位置をごまかす姑息な手段

 ネットで、よく「自分は中立だが…」などと前置きして、自らの主張を語る人が多々います。
 その主張をした時点で中立などというのが大嘘で、その人が特定の立ち位置のもとに語っている事は明白です。
 もし本当に「中立」ならば、その問題について、主張をすることはないからです。
 つまるところ、自分の主張の説得力を増すために、「中立」を偽るという姑息な手段を弄しているわけです。もちろん、そのような人の主張は、読む価値すらありません。
 こういうのは、ネットの常套手段だと思っていたのですが、今日、ある新聞社のサイトで、それの二番煎じとしか言いようがない記事を見ました。
 その記事の主題はヘイトスピーチ(差別扇動発言)でした。冒頭に、ヘイトスピーチをする人間に話しかけられた記者が、そのヘイターに同意しない、という記載をすることにより、自分はヘイトスピーチをする側の人間でない、という「ポジション設定」をします。
 しかしそこからは、客観性を装いつつ、ヘイトをする側の問題点をほとんど書かず、ヘイトされる側が悪いであるかのような「記事」が流れていました。
 読み終われば、この記事の目的がヘイトスピーチ擁護であることは明白です。それを隠すために、冒頭で反ヘイトであるかのように偽る導入文を書いていたわけです。
 その姑息さに心底呆れました。そして、そのような小細工を行いつつ、ヘイト記事を垂れ流すという腐敗した新聞社のことを、心の底から軽蔑しました。

掲載時刻 21:31

2019年05月18日

望遠のマジック

 先日、ネットで、とんでもない急坂を車が登っていく写真を見ました。
 驚いて色々と調べたところ、デジカメの望遠機能を使った時に起きる現象だという事がわかりました。
 ものは試しにと、地元の西の谷跨線橋を撮ってみることにしました。かなり勾配のきつい陸橋で、疲れている時に自転車で登るのは大変です。
 それを望遠で撮ったのが最初の写真です。たしかにこれだとジェットコースター並の急坂に見えますね。
20190518-1.jpg
 しかしながら、普通に撮るとこんな感じです。確かに急坂ではありますが、これなら驚くほどではありません。
20190518-2.jpg
 というわけで、ネットで「急坂写真」を見ても、すぐに驚かないようにしよう、と思いました。

掲載時刻 18:46

2019年05月17日

秋葉原と柏

 店舗限定商品の発売が発表されました。
 家の近くだとどこで売っているかを調べたら、秋葉原か柏となっていました。
 最初は、同じ千葉県内だし、柏に行こうかと思ったのですが、念のため検索したところ、電車で行くぶんには運賃は同じで、所要時間はむしろ秋葉原のほうが早い、という結果になりました。
 ちなみに車で行っても、やはり秋葉原のほうが早いという結果になりました。
 自宅と東京の県境の間には3つの市があります。しかしながら、比較的近いと思っていた県内の柏に行くより、秋葉原のほうが近いということに驚きました。
 もっとも、この幕張本郷に居を構えたのは、当時勤務していた都内の職場に行きやすいから、というのが理由でした。それを考えると、さほど驚くことではないのかもしれません。
 ただ、7年前から職場も千葉県内になったため、すっかり日常生活から「東京」が縁遠くなっていました。それだけにこのような事を思うのかも、などとも思いました。

掲載時刻 22:37

2019年05月16日

八正道

 仏教徒ではありませんが、たまに仏典を読むことがあります。
 その中で、一番興味を持っているのは「八正道」というものです。
 正しく見て、正しく考えて、正しく語って…などと、一見すると「何を当たり前のことを…」みたいな事が述べられています。
 しかしながら、長年、社会で働いていると、これは確かに実践するのは難しいことだ、というのが分かります。
 一番最初の「正しく見る」ですが、自分的には「都合の悪いことも含め、現実を直視する」というふうに勝手に解釈しています。
 色々なしがらみがあると、明らかな現実でも、歪んで解釈して、自分に都合のよい結論を出そうとしてしまいます。
 これだと当然ながら、正しく思うことも、正しく語ることもできません。
 そういう意味でも、この「八正道」の冒頭が「正しく見る」なのだろうな、と素人判断しています。
 他にやることが多くてなかなかそこまで手が回りませんが、いつかこういう仏典も本格的に研究したいものだと思っています。

掲載時刻 23:50

2019年05月15日

考える力を上げるために必要なこと

 考える力を上げるために必要な事は?と尋ねられたら、即座に「休むこと」と答えます。
 もちろん、大前提としては、知識・情報を得ること、そして考え方を学ぶことです。
 しかし、仮に休むことなしに、本を読んだりネットを見たりし続けて、それらを得たり学んだりしても、それだけでは考える力は上がりません。むしろ入手した情報に翻弄されるだけで終わってしまいます。
 入手した情報を元に、思考を行うには、絶対に休むことが必要です。それをしなければ、考えがまとまるわけありません。
 日本の企業が社員に長時間労働を強い続け、その一方で、日本のイノベーションが下がっているという現実があります。それも、この「休まなければ考えられない」という事を理解していないからだと思っています。

掲載時刻 23:52

2019年05月14日

寒暖の差

 昼はかなり暑くなりました。長袖のワイシャツを着て歩いていると、袖をまくりたくなります。
 一方で、日が暮れると急に気温が下がります。そうなると、カーディガンを羽織らないと寒さを感じてしまいます。
 一日でこれだけ寒暖の差を感じるのは、これまであまりありませんでした。
 やはり、日本の気候は温帯から乾燥帯に移りつつあるのだろうか、と思えてきます。だんだんと過ごしにくくなっていますね。

掲載時刻 21:41

2019年05月13日

時給1300円がニュースになる時代

 近所にある洋服通販会社の社長さんが、時給1300円のアルバイトを大量雇用する、と大大的に宣言して話題になっていました。
 社長さんは月に行くと宣言したり、野球場のネーミングライツを買ったり、100万円を配ったりと色々と目立っている人です。
 しかしながら、筆者は1991年に時給1200円で都内ホテルの鍋洗いをバイトをしていました。ちなみに契約していた会社はマンションの一室が事務所という零細企業でした。
 当時の東京の最低賃金は575円でした。そして今の千葉は最低賃金が895円です。それを考えれば、この「時給1300円」は、社長が自慢するようなものでないことは分かるのではないでしょうか。
 だいたい、月に行ったり100万円を配るくらいの利益があるならば、「月給40万円で社員を大量に雇う」と宣言することくらいできるはずです。
 それだけに、改めて、今の大金持ちがいかに低賃金不安定雇用で人を使い倒して儲けている、という事が浮き彫りになっただけの話題作りだったな、と思いました。

掲載時刻 22:51

2019年05月12日

間違いを認める力

 世の中には自分の間違いを絶対に認めない人や組織があります。
 よく「謝ったら死んじゃう病」などと揶揄されますが、とにかく誤りを認められません。
 まあ、典型的なのは今の首相と内閣なのですが…
 本当に正しさに自信があれば、誤りを認めることは簡単な事です。なぜならば、誤りを認めないと、自分の中で「正しさ」の整合性が取れなくなるからです。
 言い換えれば、誤りが認められない、というのはそれだけ自分の正しさに自信がないから、と言えます。
 自分は、数年前にとんでもない誤りをおかしたことがありました。それゆえ、逆に自分が間違えをおかしたときは、それを冷静に評価することができるようになりました。
 それだけに、自らの誤りを認められない人や組織を見ると、滑稽に思えてきます。
 もっとも、その境地を得るために支払った代償はあまりにも大きいものでした。それだけに、今の自分の到達を喜ぶような気は毛頭ありません。

掲載時刻 23:56

2019年05月11日

体育と簿記の「授業」を受ける

 昼に、整形外科に行きました。
 4月末に首から肩にかけて激痛が走った時に行った病院です。そこで、リハビリをすることになりました。
 生まれて初めての「リハビリ体験」です。
 トレーナーの方の指示にしたがい、体のさまざまな筋肉を伸ばしました。改めて、自分の体が固くなっていたのだな、と認識させられました。
 それが、2週間前の激痛になったようなので、再発防止かつ、今後の健康維持のためにも、このストレッチを習得しようと頑張りました。

続きを読む "体育と簿記の「授業」を受ける"
掲載時刻 22:20

2019年05月10日

信頼と変貌

 自分は、他人の評価を簡単に変えるタイプです。
 かつて親友だと思っていた人に、極めて無礼な事をされ、口もきかなくなった、などという事も一度ならずあります。
 そんななか、一年以上、不審に思いつつも、それ以前の言動から、「この人は悪い人でないはずだ」と判断していた人がいました。
 しかし、現実が明らかになったとき、正しかったのは「不審に思っていた気持ち」のほうでした。
 改めて、昔の言動などは、現在自分が判断した事の参考にはならない、と痛切に実感させられました。
 この判断を一年前にできていれば…と後悔しつつも、現状の認識をもとに、被害を最小限に食い止めるために頑張らねば、と思っています。

掲載時刻 23:10

2019年05月08日

不気味な集中報道

 保育園で園外散歩していた、お子さんたちと保育士さんたちが交通事故に巻き込まれ、幼い命が失われる、という事件がありました。
 すると、商業マスコミは、保育園の関係者に執拗な取材を行いました。目的が「こんなリスクのある場所に散歩をさせた保育園が悪い」という言葉を引き出そうとしているのが露骨に分かるくらい酷い取材をやっています。
 事故そのものは、交差点で右折車と直進車がぶつかるという、どこでも起きうる事故です。その危険性を前提に、その交差点を散歩ルートから外すなどありえない事です。
 にも関わらず、事故が起きた直後から、そのような保育園に責任を押し付けるような取材が行われた、というのは本当に気味が悪いと思いました。
 自分が子供の頃は、保育園が独自の園庭を持つ、というのが当たり前でした。
 それが、政府主導の「規制緩和」によって、園庭のない保育園が許可されるようになり、このような「園児を連れて公園に遊びに行かせる」という形態が日常化したわけです。
 つまり、そんな「規制緩和」が行われなければ、このような痛ましい事故は起き得なかったわけです。
 そのような事情には一切ふれずに、商業マスコミが保育園に責任を押し付けようとする「報道」を即座に始めたわけです。
 最初から、このような事故が起きた時は、そのように「報道」するように、とどこからか指示でもあったのだろうか、と思うほどの整然とした報道でした。
 改めて、今の報道の劣化を感じさせられて、暗澹たる気分になりました。

掲載時刻 23:59

2019年05月07日

正義の暴走?

 最近、ネットで「正義の暴走」という言葉をよく見ます。
 正しい事をやっているつもりが、「暴走」して悪事になってしまった、という意味合いで使われているようです。
 しかし、この言葉はかなり非論理的です。
 正義というのは当然ながら「正しい事」です。一方、暴走というのは「間違った事」です。つまり、「正しいけれど間違った事をした」と言っているわけで、これは明らかな矛盾です。
 実際に「正義の暴走」などと評される事例を見ていると、そのどこにも「正義」など存在していません。
 よく使われる事例としては、悪いことをした人の個人情報をネットに出すなど過剰に攻撃するなどがあるようです。しかしながら、「相手が悪人なら何をしてもいい」という出発点がそもそも「正義」ではありません。
 悪いことをした人を裁くのはすべて法にのっとって行うのが「正義」です。それ以外の方法で、権限のない人間が「悪人」に制裁を加えようとした時点で、それは「正義」ではありません。ただの「悪」です。
 つまり、そもそもが「正義」ではないのですから、「正義の暴走」など存在しないのです。
 そういうわけで、「正義の暴走」などと論じている人を見たら、「この人は『正義』の事を知らないのか、知っていて人を騙そうとしているのだな」と理解し、その言説は相手にしないのが得策だと思っています。

 
掲載時刻 23:30

2019年05月06日

期間限定で前職に?

 この三日間、前職だったパソコン教室の元お客さんに頼まれて、短期集中講座を行っていました。
 そのお客さんの家は、前職の教室だったところから歩いて3分くらいのところにあります。
 そのため、かつての「通勤ルート」とほぼ同じ道を自転車で通うことになりました。
 そして、久々に、複数の人にそれぞれパソコンを説明する、という「仕事」をしました。
 今の職場でもパソコンを教えたりトラブル対応するのはしょっちゅうありますが、このような形式でやるのは、3年半ぶりのことでした。それもあって、色々と前職の事を思い出したりもしました。
 なかなか充実した時間を過ごせました。
 もちろん、今の仕事は充実しています。
 しかしながら、やはりこうやって、一緒に前の仕事を続けることができたらな…、と寂しく思いながら、今は亡き弟と一緒に働いた時間を懐かしみました。

掲載時刻 22:38

2019年05月05日

20119/5/5の更新

漫画資料室ねこボラ部のみるくさんを掲載しました。

掲載時刻 22:26

2019年05月04日

21周年

 本日をもって、「つれづれの館」は開設して21年目となりました。
 毎年書いていますが、ここまで続けられてきたのは、読んでくださる皆様がいてからこそです。ありがとうございます。
 21年間、同じ場所に住み、相方と自分という同じメンツで発信し続けてきたわけです。長いようで短い21年だなと思っています。
 その間、自分はさまざまな変化を経験してきました。
 仕事も何度か変わり、人間関係も変わり、悲しい経験や、とてつもなく忙しい経験もしました。
 そんななか、このサイトをやめようと思った事は一度もありませんでした。
 今後、我が家に何があろうとも、おそらく一生、このサイトは続くのでは、と思っています。
 そのためにも、まずは来年無事に22周年を迎えなければなりません。そのためにも引き続き、ちまちまと頑張っていきます。

掲載時刻 19:34

2019年05月03日

逆方向の渋滞

 早朝に稲毛区で用事を済ませ、京葉道路で帰宅しました。
 平日だと、京葉道路の東京方面は6時前から渋滞が始まります。
 しかし、GWという事もあり、東京方面はガラガラで、東関道や館山道方面は6時台というのに渋滞になっていました。平日と正反対の状況だったわけです。
 そのガラガラの道を、快適な運転で帰宅しました。
 多くの人がGW渋滞で大変な目にあっているなか、「逆GW渋滞」で快走できたので、ちょっと得をした気分になりました。

掲載時刻 23:17

2019年05月02日

疲れとルーティンワーク

 いくら疲れているときでも、定期的に行っているルーティンワークをこなす事は十分に可能です。
 言い換えれば、ルーティンワークもこなせなくなったら、その疲れのレベルは既に「過労死一歩手前」と言えると思います。
 いずれにせよ、ルーティンワークをこなせていると、問題なく仕事ができているように見えてしまいます。それだけに、自分も他人も、過労であると認識できません。
 しかし、それ以外の仕事は全然できなくなってしまいます。やる時間があっても、気力がわかないのです。
 こういう状態のときは、いくら普通に仕事ができているように見えても、即刻休養する必要があります。
 この認識が広まれば、過労による健康被害も減るのでは、と思っています。
 もちろんそれ以前の問題として、「過労死しても会社が儲かればいいや」という考え方で経営している「ブラック企業」を根絶する必要があるのですが…。

掲載時刻 22:40

2019年05月01日

Windows10の「タブレット機能」

 Windows10パソコンを使っている人から、「パソコンが使えなくなった」というSOSがありました。
 電話で話を聞いたのですが、原因がまったくもって想像できません。
 そこで、実際にパソコンを見たら、画面上を「タイル」が占拠していました。
 Windows8でデビューしたものの、あまりの評判の悪さにだんだんと、表示されにくくなるよう「改善」され、だんだんと目立たなくなり、Windows10では大幅に縮小されました。
 しかしながら、スタートボタンを押すと、相変わらず効率の悪い画面を表示させ、Windows7以前のスタートメニューがいかにまともだったかを伝えてくれています。

続きを読む "Windows10の「タブレット機能」"
掲載時刻 21:47

2019年04月30日

謎の都市伝説

 「このUSBメモリもう使わないんで捨てようと思っています。水に浸したからデータは消えているから大丈夫ですよね」と言われました。
 言うまでもないことですが、水に浸したくらいでUSBメモリのデータは消えません。
 もしかしたら、ノートパソコンに水をかけると故障する、というのと混同したのだろうか、と思いました。
 それとも、どこから「USBメモリは水に浸せばデータが消える」という都市伝説を吹き込まれたのでしょうか。
 どれだけ文明や情報通信技術が進歩しても、胡散臭い情報や、それを信じてしまう人はいるのだな、と改めて思いました。

 
掲載時刻 20:56

2019年04月29日

落ちない桜

 ソメイヨシノのシーズンもすっかり終わり、緑の葉が生い茂っています。
 そんななか、職場の裏に生えているソメイヨシノの樹を見たら、一輪だけ花が残っていました。
 なぜ、この花だけ散らないのだろうか、と不思議に思いました。
 「周りが散ったからといって、自分も一緒に散る筋合いはない」みたいな反骨精神の持ち主なのでしょうか。まあ、花に意思があるわけないのでしょうが…。
 せっかくなので、いつまで咲き続けるのか、見てみようと思いました。
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掲載時刻 21:22

2019年04月28日

肩痛その後

 一昨日発生した肩から首にかけての激痛ですが、病院で処方された痛み止めの湿布&飲み薬で何とかおさまっています。
 これまで、病院で痛み止めを処方された時は薬を買わず、多少の傷みに耐えて過ごしていたのですが、今回の痛みは格が違いました。それゆえに、ポリシーを曲げて(?)痛み止めに頼っています。
 とはいえ、もちろんこれはあくまでも一時しのぎです。肩痛を根本から治すために、生活習慣をはじめ、いろいろと改めなければ、と思っています。

掲載時刻 21:01

2019年04月27日

冬に戻った日

 えらく寒い一日でした。そのため、久々にコートを着て外出しました。
 もう4月も終わりだというのに、何でここまで、と驚きました。
 ちなみに、低音と言えば、アメリカで冷害が発生するたびに、地球温暖化否定論者であるトランプ大統領は「温暖化はどこに行ったんだ?」などと揶揄するツイートをするそうです。
 しかしながら、局地的に異常な寒さというのも、温暖化の副作用によるものが多く、そのような批判(?)は的外れだそうです。
 それはともかく、久々に冬気分で過ごした一日となりました。

掲載時刻 23:35

2019年04月26日

突然の肩痛

 出勤してしばらくしたら、いきなり首から肩にかけて激痛が走りました。
 病院に行ったのですが、最初の内科病院では原因がわからず、近所の整形外科を紹介されました。一日で二つの病院に行ったのは生まれて初めてです。
 レントゲンを撮ったりしたのですが、根本的な原因はわかりませんでした。
 とりあえず、激痛は引いたのですが、相変わらず、痛みと違和感が残っています。
 40代の残り1ヶ月を切ったのですが、そのギリギリに来た四十肩なのでしょうか。それとも五十肩の先取りなのでしょうか。
 いずれにせよ、早く治して、この痛みから開放されたいものです。

掲載時刻 22:41

2019年04月23日

10連休が迫る

 来週から10連休が始まります。もっとも、自分の場合は、例年どおり、三連休が一回あるだけ、というので、自分のこととしての実感は全くもってありません。
 しかし、仕事においては、この連休で多大な迷惑を被ります。
 特に困るのは、銀行の窓口が4月27日から5月6日まで閉まることです。
 仕事柄、月末に入金が多く、この時期は、毎日のように銀行の窓口を利用します。それが使えなくなるわけですから、その間の現金管理に神経を使うことになります。
 他にも本来平日のはずの日が祝日になるため、いろいろと面倒な事が生じます。

 働いている人に長期の休みをとってもらいたければ、ヨーロッパのように、有給休暇制度並びに、それを長期間使える習慣を作ればいいだけの話です。
 そうでなく、このような「強制的長期連休」を作られても、ありがた迷惑としか言いようがないよな、と思っています。

掲載時刻 22:59

2019年04月22日

一時的な失敗と根源的な間違い

 人間、絶対に失敗します。いくら経験を重ねても同様です。当然ながら、加齢によって失敗は増えます。
 したがって、失敗することそのものは過度に意識する必要はありません。同様に、他人のちょっとした失敗を過度に問題視するのもおかしな話です。
 ただ、同じ失敗を何度も繰り返す、となると、話は別です。
 一つ失敗をすれば、同じ失敗は繰り返すまいと反省し、何らかの対処を取るのが普通です。
 ところが、世の中には、失敗してもそれを反省せず、同じ失敗を繰り返す人が少なからず存在します。
 そして、自己弁護をしているうちに失敗したことがあたかも正しかった事のようになってしまいます。
 こうなると、単なる失敗でなく、根源的な間違いとなってしまいます。
 身近な例ですと、戦前の暗黒時代に軍事国家として膨張していた大日本帝国などはこの典型例と言えそうです。
 いずれにせよ、小さな失敗に対しては、成功の素くらいに考えるべきでしょう。一方で、失敗を繰り返して正当化しようとする姿勢には厳しく批判すべきだと思っています。

掲載時刻 21:17

2019年04月20日

夢見と体調

 疲れていて、少しでも睡眠をとっておきたい、という状況で仮眠すると、たいてい、悪夢を見ます。
 一方、翌朝は休みで好きなだけ寝られる、という時は、いい夢を見ることが多々あります。
 夢のメカニズムはよく知りませんが、まあ、自分の脳がやっている事ですから、こうなるのも普通だよな、などと思いました。
 生活リズムの調整は相変わらず難しいものがあります。とはいえ、せっかくですから、もっといい夢が見れるようにしたいものだな、などと思っています。

掲載時刻 21:28

2019年04月19日

積み重ねの価値

 よく、「学校で勉強した事が何の役に立つのか」という言説が流されます。
 それを読んで思うのは、自分が過去にやっていた仕事の事です。
 新卒で入って14年ほどいた職場では、8年目くらいから、この職場に関する歴史などで、難しい問い合わせがあったら自分に電話がまわってくる、という風習になっていました。
 それらの知識や経験は、転職後の仕事においては全く無価値になりました。しかし、その職場でも、半年くらいしたら、メイン商品の操作方法で難しい問い合わせがあったら自分に電話がまわってくる、という風習が確立されました。

続きを読む "積み重ねの価値"
掲載時刻 23:24

2019年04月18日

「時代」という概念

 なんでも、今月末で「平成時代」なるものが終わりを告げるそうです。
 その一つ前は「昭和時代」というのがあったそうです。
 しかしながら、「昭和時代」なるものの最初の20年間は専制的で他国を侵略し、その結果、多くの人々が殺し殺されたという日本史上最悪の暗黒時代でした。
 その後、戦争に破れ、問題は多々あったものの平和国家としての地位を確立したのがその後の44年間だったわけです。
 この二つを「昭和時代」として一括りにするのは、どう考えても無理があります。
 同様に、「天皇が代わった」という理由だけで、1989年1月7日からを「別の時代」と設定するのも無理がありすぎます。
 一人の人間が死んだり引退したりすることによって「時代」が変わる、などという事は歴史的にありえない話なのです。
 にも関わらず、今、マスコミでは「時代の終わり・始まり」なる「報道」が氾濫しています。
 歴史感覚はもちろん、国民主権という事も理解できていない、と言わざるを得ないと思っています。

掲載時刻 20:30

2019年04月16日

赤の他人からの「アドバイス」

 SNSをやって悩み事などを書くと、見ず知らずの人から「アドバイス」が送られてくる、という事がよくあります。
 会ったこともない人の、しかも状況の一部分だけを書いた文章を見ただけで、解決法が提示することなど100%不可能です。
 もちろん、それを実行して失敗しても、その「アドバイス」をした人は何一つ責任を取りません。
 つまり、そのような「アドバイス」は百害あって一利なしなのです。
 もし、そんなもんを送りつける輩がいたら、即座にSNSのブロック機能などを使うべきでしょう。
 もちろん。SNSで繋がっている人が困っているときに、自分なりの案を伝えたくなる時はあります。
 その時は、「アドバイス」ではなく、参考になればいい程度に、自分の考えを伝えるようにしています。

掲載時刻 23:50

2019年04月15日

二択の罠

 他人を従わせるテクニックとして、「どちらを回答しても自分にとって都合がいい二択の問題を出して回答を迫る」というのがあります。
 「◯◯してくれ」と言っても、まず断られる、という状況があるとします。その際に質問を「◯◯か☓☓のどちらかを選んでくれ」というと、その☓☓が、◯◯と同様のメリットがないものでも、ついついどちらかを選んでしまう、というものです。
 選択肢を与えられると、かならずどちらかを選んでしまう、という心理状態を利用したものなのでしょうね。
 そういうものに引っかからないためにも、常に「選択肢を出されても、その中の一つを選ぶ必要があるとは限らない」という事を認識している必要があります。
 ちなみにある時、全然仲良くない昔の知り合いから、飲みに誘われた事がありました。
 最初に「三連休の初日は空いてる?」と尋ねられたので断ったら、「なら二日目と三日目だったらどちらが都合がいい?」と尋ねてきたのです。
 もちろん、このパターンは承知していたので、何の予定も入っていなかったのですが、即座に「どちらも都合が悪い」と答えたものでした。

 
掲載時刻 22:57

2019年04月14日

都内の駅構造を忘れる

 今日は所要で蒲田に行き、続いて新宿に行きました。
 蒲田から京浜東北で品川に出て、そこから山手線に乗り換えました。
 続く大崎で埼京線に乗り換えようと思ったのですが、「確か、埼京線の大崎駅は、山手線ホームの南にあったはずだ」と思い、最後尾に乗りました。
 ところが、乗り換え階段は編成の真ん中あたりにありました。前に大崎で乗り換えてからかなり時間が経ってはいました。とはいえ、ここまで忘れるとは思ってもいませんでした。
 さらに、埼京線で新宿で降りたのですが、地下街にある店に行こうとしたのに、なぜか南口の階段を登ってしまいました。
 埼京線の大宮寄り先頭車両に乗ったのですが、降りたら目の前に登り階段があったので、つい登ってしまったのです。
 上に着いてから、「いや、ホームの端には地下行きの階段があったはずだ」と思い出し、再び階段を降りる、という間抜けな事をやってしまいました。
 都内での乗り換えはかなり研究したものです。しかし、どんな知識も、使わないと衰えるのだな、と再認識させられた一日となりました。

掲載時刻 21:09

2019年04月13日

桜が散り始める

 開花のあとに冬に戻ったような気温になったため、今年の桜はかなり長持ちしました。これだけ花見シーズンが長かったのも久々ではないでしょうか。
 もっとも、自分はいろいろあってなかなか桜を楽しむ精神的余裕はできなかったのですが…。
 とりあえず、来年は桜をのんびり楽しみたいものだ、などと思いつつ。青空に映えた桜を撮ったりしました。
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掲載時刻 22:29

2019年04月12日

アイデンティティ

 今に始まった事ではありませんが、自分は「腰が低く他人を立てる人」と「理不尽を許さず、そのためには既存の悪弊をぶっ壊してもかまわない人」という二つの側面を持っています。
 基本的には、前者がメインですが、状況によっては後者を前面に出します。
 あまり後者ばかりを目立たせすぎるとバーサーカーみたいになってしまいます。
 一方で、前者ばかり出しすぎると、勘違いした人から、無礼千万な態度を取られてしまいます。
 二つの側面は別に相矛盾しているわけではありません。どちらも「素の自分」です。とはいえ、その比率の出し方には悩まされます。
 まあ、この調整は死ぬまで苦労し続けるのでしょうね。

掲載時刻 23:50

2019年04月11日

貨物コンテナの中を見る

 要らなくなった書類を、回収業者さんのところに捨てに行きました。
 するとそこに、鉄道貨物コンテナがトラックに積まれていました。
 この事業所で整理した古紙を積んで、それを鉄道でどこかに運ぶようです。
 その積むところを見ることができました。
 子供の頃から貨物コンテナは何百回も見てきましたが、中を見るのは初めてです。
 そして、コンテナの中は板張りになっていました。
 その外観から、てっきり中も金属だと思いこんでいただけに、かなり驚かされました。
 改めて、世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあるのだな、と思いました。

掲載時刻 22:28

2019年04月10日

「考え」と「休み」

 将棋の格言(?)に「下手の考え休むに似たり」というのがあります。「弱い人がいくら考えてもいい手は浮かばないから休んでいるのも同じだ」という意味です。
 ある意味間違ってはいません。弱いうちは、延々と考えることなく、思いついた手を指したほうが、上達しやすいと自分も思っています。
 その一方で、一定の実力のある人が、弱い人が懸命に考える姿を見て、このように揶揄する、というのは、上位者にふさわしくないとも思っています。

 前置きが長くなりましたが、ここから本題です。
 この「下手の考え休むに似たり」を逆(?)にしたらどうなるでしょうか。
 今日はここ一ヶ月の疲れを癒やすため、昼まで布団で横になっていました。
 眠ったり起きたりしていたのですが、目が醒めていると、色々な考えが浮かびます。
 やはり、休まないといい考えは浮かばないものだな、と思ったりしました。
 「下手の考え休むに似たり」は事実なのでしょうが、「下手でも休むといい考えが浮かぶ」というのもまた事実なのかもしれませんね。

掲載時刻 23:54

2019年04月09日

因果関係の誤解

 「○○した結果☓☓になった」という因果関係の考察は、毎日のようになされています。
 しかし、この因果関係は、仮説レベルで提唱された時点で、たいして検証されずに認められてしまうケースが少なくありません。
 その結果、「○○」と「☓☓」に実は因果関係がなかったにも関わらず、「前回、○○したおかげで☓☓といういい結果を得ることができた。だから、今回も○○は行うべきだ」という主張がまかり通ってしまい、実際には意味のない○○を無駄に行ってしまって失敗してしまう、という事が多々発生してしまいます。
 「○○した」結果が「☓☓になった」からとはいえ、「☓☓になったのは○○したからだ」が成り立たないのは中学の数学で習うレベルの話なのですが…。
 安易な考察でこのような失敗をしないよう、もっと因果関係について深く考える習慣を強めるようにせねば、と日々思っています。

掲載時刻 23:57

2019年04月08日

禍福は糾える縄の如し

 昨日の選挙で、自分が特に力を入れて応援していた人が落選してしまいました。
 あまりにも悔しく、昨晩は3時半まで寝付けませんでした。
 応援において、やろうとしていた事が、他の業務との兼ね合いでやりきれませんでした。それだけに、悔いが残ります。
 4年前の選挙では、その人が当選し、大変喜んだものでした。当時のFBには「これだけ自分や家族以外の事で喜んだのは15年ぶり」と書いています。
 ところがそれから半年後、弟が世を去り、一転してこの2015年は自分の人生にとって最も悲しい年になってしまいました。

続きを読む "禍福は糾える縄の如し"
掲載時刻 21:24

2019年04月05日

時間と結果は比例しない

 時間をかければかけるほど、いい結果がでるかのような風潮があります。
 一例を挙げると、徹夜して頑張ると、それだけで褒められます。
 しかし、それは本当なのでしょうか。
 普通の人なら、徹夜して仕事をすれば、だんだんと思考力が落ちてきます。
 その状態で行うわけですから、質が落ちるのは当然です。
 そんな事をするくらいなら、仕事の取捨選択をしたり、人を増やすなりして、その「徹夜してやり遂げた仕事」を日中で片付け、8時間働いた時点で帰れるようにしたほうが、仕事の質も、働くひとの健康もずっと良くなります。
 その逆を続けた結果、日本は長時間労働ばかりが目立つ一方で、かつての技術立国が廃れてしまったのではないか、と思っています。
 発想を変えて、「残業せずに短時間で終わらせる事が最優先」というのが前提になれば、もっと仕事の質も上がるのでは、と思っています。

掲載時刻 23:45
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